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2006年03月10日

PSE法。

今PSEマークが付いていない商品が

値下げの嵐らしい!なんと4月1日から売るとPSE法に

触れるらしく懲役最高1年もの

罪になるとの事、

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2006年03月01日

日本対ボスニア・ヘルツェゴビナ

正直、一サッカーファンとしては楽しめた試合

とても面白い試合だった。ただ日本代表を応援する

サポーターとしては不安だらけの

憂鬱感に襲われている。

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2006年02月24日

トリノオリンピック フィギュアスケート女子 荒川静香 金メダル

トリノオリンピックでアジア人初となる

フィギュアスケート女子金メダルという快挙を

荒川静香選手は獲得した。

同じ日本人としてこんなに嬉しい事はない。


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2006年02月11日

トリノオリンピック開会式

トリノというイタリアの都市はサッカーファンなら

誰しもが知っている有名な都市だ。

ユベントスという世界最高峰のクラブがあるから

知っているという方も多いのではないだろうか。

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2005年05月23日

日本対ペルー

日本の敗戦の原因は常に決定力だがこの試合の敗因も

残念ながら決定力だと私は思う。続きを読む

2005年04月28日

ユベントスのフェラーラ引退。

フェラーラ引退のニュースはあまりフェラーラのことを

よく知らない私でも少しがっかりした。

もちろん良い意味で、お疲れ様。という気持ちもあるが、

時間は流れているんだな〜ということを再認識させられる。

彼のことをよく知らないので私は何も言うことが出来ない。

しかしセリエA499試合出場であと1試合で

メモリアルな500試合を迎えられるということは知っていた。

チーム事情と実力の衰えにより出場機会が減っていたのも事実だろう。

ユベントスの監督がカペッロに変わってからは

1試合も出場していないんじゃないか?

私は彼のことをフェッラーラと憶えていたがフェラーラでも問題はない。

数々の栄光を勝ち取ってきた

スクデット7回、チャンピオンズリーグ1回

トヨタカップ1回、ヨーロッパ・スーパーカップ1回

UEFAカップ1回、コッパ・イタリア2回、イタリア・スーパーカップ5回。

素晴らしい選手だということがこの栄光を見ただけで分かる。

これからも幸の多い人生を送っていただきたいと思う。

2005年04月24日

カフーの無邪気な笑顔。

カフーという選手の心肺機能は超人の域に達している。

彼は1試合に右サイドを何度往復するだろう?

彼ほど走るサッカー選手はおそらくいない。

カフーは素晴らしいセンタリングを上げる選手ではないと思っている。

しかし、誰よりもサイドを駆け上がる選手だ。

これがサッカーでは何よりも相手にとって怖いことだ、

特に時間がたつにつれ怖さが増して来る。

どれだけの選手がカフーの後継者といわれて消えていったのだろう?

それだけでブラジルにおけるカフーの重大さが分かる。

ブラジルで重大な選手ということは世界でもっとも

重要な選手といっても過言ではないだろう。

彼はピッチの右サイドを駆け上がる、そう、何度でも、何度でも……。

あまりセンタリングがうまくないというのは

サッカー選手として良い事ではない。

攻撃が失敗に終われば急いで戻らなければいけない。

しかし誰よりも右サイドに適しているであろう

カフーのプレーを見ていると

「失敗しても何度でも何度でも勝負すればいいのさ、チャレンジする体力があるかい?」

そう呼びかけられているような気がする。

サッカーに限らず全てに当てはまることだろう。

そんなカフーが04-05シーズン初ゴールを決めた。

チームが勝っていることもあってとっても喜んでいた。

もう30代をなかばに差し掛かっているカフーは

ブラジルの路地でゴールを決めた少年のように

無邪気な笑顔をしていた。

きっとサッカーをしている時カフーは本当に少年であり「若い」のだ。

これからもカフーは右サイドを上がり続けるだろう。

2005年04月08日

ヨハネ・パウロ2世の死去の波紋ビジネス。

ヨハネ・パウロ2世が死去されると言うことをかなり前から

ほとんどのメディアが注目していた。CNN、NBC、BBCなんかは

3年以上も前からバチカン市国に近い所から法王の死去のニュースを待っていたいたと言う。

フリーのカメラマンも世紀の大祭りである法王の死去の写真(どんな写真なんでしょう?)

を撮ろうとメディアの周りを取り囲んでいたという。

5世紀ぶりの非イタリア人法王は法王としての年月は歴代3位26年の長さを誇る。

1位は第一代法王サン・ピエトロ(一番初めの人が最長なんて…)

エイズが円満した時にコンドームの使用を禁止するかどうかでもめたそうだが

アフリカのエイズ蔓延を妨げる唯一の有効手段としてそれの使用をしぶしぶ認めた。これは

婚前交渉オッケーですよ。と言ってる様に聞こえるがエイズ蔓延を防ぐためですよとのこと。

法王はとっても大変な時代に法王になったとも言えると思う。

時代がこんなに変わった世紀は20世紀なんじゃないか?

そして次の法王を決める儀式がコンクラーベって日本人

には根競べって聞こえますよね。

次の法王はもっと大変かもしれないが…

ヨハネ・パウロ2世法王には世界がお世話になっていた。(こんな言い方は法王は好きじゃないかもしれない)

安らかにお眠りください。


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2005年04月03日

パベル・ネドベド 世界一の基礎。

2003年バロンドールを受賞した、パベル・ネドベド。

「私はパロンドールにふさわしくない」と彼は受賞する前に発言していた。

「バロンドールという名誉ある賞を手にする選手というのは、
 まず並外れたテクニックを持ち合わせていなければならない。
 サッカー選手として天性のものをね」

彼はこう語っていた。事実ネドベド自身はサッカー選手としての「特別」な才能を

持っている選手ではなかったと私は思う。

ボールを持った瞬間ピッチの雰囲気が変わり全てのゲームで独特のムードをかもし出す。

そんな才能はなかった。しかし彼の特異な才能は彼自身をバロンドールという

賞に導いていった。それはとても単純なことなのだが「努力をする」ということ。

彼がプレーの中ですることはいたって簡単、子供の時から

インサイドで蹴るにはこうやるんだ。

パスを出すにはやさしくそしてスピードをボールに乗っけて。

例えば日本でも売られている「サッカー少年基礎入門書」みたいなものを最高レベルまで

研究し自分の身体に染み込ませて行った。それだけだ。

しかし、「それ」が世界一のサッカー選手になれる方法なのだと(少なくとも

バロンドールを獲る事が出来る)教えてくれた。

生まれた頃から人には差がある。職業ややることについて何かと不平等な世界だ。

しかし、彼は「サッカー選手としての天性」の才能ではなく

人としての超人的な努力によってその差を埋めて彼だけのプレーが出来るようになった。

私は彼を見てこう思った。

「特別なことをしなくても全てにおいて基礎が大事なんだ」ということ

私もパベル・ネドベドに少しでも学んで基礎を高めていきたいと思う。

2005年04月02日

ローマ法王ヨハネ・パウロ二世 危篤。

ローマ法王が危篤らしい。

とても失礼な文になってしまうのだが、僕はキリスト教徒でもないが

法王が危篤と言うことで7万人の人が法王の回復を祈っているのだと言う。

すごいことだ。

天国への階段を静かにとても静かにローマ法王が昇っている。

まだ危篤と言うことなので何もいえないが最後は静かにと思う。

ひとつの時代が終わろうとしていることがとてもよく分かる。

一人の人間として紳士にこの出来事を受け止めようと思っている。

永六輔さんの殺意。

筑紫哲也のnews23に永禄輔が出ていた。

「老い」「病」ラジオ、テレビ、新聞、インターネット。

語っていたが、不意に訪れる「孤独」があるという

例えば筑紫哲也夫婦の仲のいいところを観ていると「殺意」がこみ上げてくるらしい。

一人の寂しさとかそういうレベルなのか、「老い」からくる独特の孤独があるらしい。

まだまだ永さんの半分も生きていない僕は理解できないが、

一人でいるよりも二人の方がいいよ。と語りかけているようだった。

それはたまにしかテレビにでない永さんの「幸せになってくれよ」

という「結婚」へのアプローチ、そして「やさしさ」なんだなぁ、と

思いました。


永六輔さんがインターネットでこのブログを観る事はないでしょうけど…。

勝手に書いてしまいすみません。

あと、野坂さんの健康を祈ってます。

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